130年の研究を土台に熱帯泥炭地で長期モニタリング。
衛星データを統合し、世界初のCO2観測モデルを作成。
1)石狩平野に始まる泥炭地研究で地球規模の問題に挑戦
呼吸とは動植物の命の営みですが、我々の研究テーマは多様な命を内包する“地球の呼吸”に耳を澄ませること。陸域の植物の生態と土壌の微生物研究を通じて地球規模で広がる環境問題の解決に寄与したいと考えています。
土壌は地球の大気成分を決めるきわめて重要な要素であり、中に潜む微生物の研究は環境問題の解決に大きく関わってくるものです。近年は気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)においても高密度炭素生態の研究が促進され、マングローブ林及びサンゴ礁、永久凍土という主だったキーワードの一つに、泥炭地が挙げられています。
北海道大学にはもともと、日本有数の泥炭地である石狩平野の開拓や泥炭湿地の保全に関わってきた“泥炭地研究130年”の伝統があります。21世紀の今、我々北大の泥炭地研究は世界的な環境問題解決の一翼を担う最先端研究として新たなフェーズに進むべく、インドネシアの熱帯泥炭地をフィールドに、CO2排出量を抑制するための統合的泥炭地管理システムの構築に取り組んでいます。
2)長期計測データから地下水とCO2の関係を明らかに
低温多湿の環境下で落ち葉や枝、幹などが分解されずに蓄積したインドネシアの熱帯泥炭地は、有機物が比較的安定した状態で保たれていることから、炭素の巨大な貯蔵庫となっています。ところが、1997年に始まった大規模農地開発に伴う用排水路の掘削で土壌の乾燥化が進むと、微生物の動きが活発になり有機物の分解が促進されて膨大なCO2が排出されることに。さらに、土壌が乾燥したことで乾季に泥炭火災が頻発するようになり、毎年大量のCO2が放出されています。
我々は1996年からインドネシアの研究機関と国際共同研究を立ち上げ、熱帯泥炭地のCO2フラックス(大気から吸収し、放出するCO2量)を測定するために、インドネシア中部カリマンタン州の3カ所(未排水の泥炭林・排水された泥炭林・排水された火災跡)に特殊な観測用タワーを設置。前例のない長期モニタリングを行い、泥炭地の微生物分解によるCO2排出量の連続測定に成功しました。
この貴重なオリジナルデータから、地下水位が下がるとCO2排出量が増加するという両者の関係性が世界で初めて明らかになり、これによって地下水位からCO2排出量を類推するという新たな知見を得ることができました。
そこで、2008年からは地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)のもと、新プロジェクト「インドネシアの泥炭・森林における火災と炭素管理」をスタート。ここで大きな役割を果たしているのが、北海道大学大学院理学院宇宙理学専攻惑星宇宙グループの高橋幸弘先生たちによる衛星を使ったリモートセンシングです。 高橋先生たちのグループは宇宙用ハイパースペクトルセンサを搭載した超小型衛星から地表の植生や温度変化を正確に観測することができる、衛星による火災・炭素センシングプログラムを開発。国際的な課題だった“地下の炭素を正しく把握する”手法を確立した成果が世界的にも高く評価されました。
3)世界初・世界標準を生む北大の総合力
15年近くの歳月をかけて蓄積してきた地表データと、宇宙からの革新的なリモートセンシングを統合させることで、我々は熱帯泥炭地の炭素蓄積の実態と炭素放出量の抑制について世界で先駆的な研究成果を発表することができました。当初の目的であった熱帯泥炭地の炭素管理がまた一歩実現に近づいたと確信しています。
同時にこの研究成果をより広い地域にスケールアップすることで、世界中の地下の炭素量を測定することができ、地球規模の気候変動の影響をモデル化することも可能であると考えています。
この先、大量に蓄積されていくメガデータの解析に関しては、新たに情報科学の長谷山先生たちのお力添えをいただくことも決まっています。最終的には、我々の研究成果がインドネシア国内や国際社会におけるカーボン・オフセット制度の基準に適用され、世界の環境改善に貢献できる日が来ることを期待しています。 今回のように、農学、理学、工学といった学部横断的な共同研究が世界初の成果を生み出し、なおかつその成果が世界のスタンダードになっていく“北海道発の世界標準”は、北大の総合力があればこそ。我々が先鞭を付けた共同研究の試みが、北大が得意とするフィールドサイエンスの領域をさらに拡大し、世界をけん引する研究開発の一助になれば幸いです。